ごくわずかな原則を知ることで、デザインは大きく変わる

ごくわずかな原則を知ることで、デザインは大きく変わる

デザインの性質

何か文書を作ろうとすると、およそデザインはついて回ります。
Wordで報告書を書く。さて、これは右揃えか、ここは中央揃えか?という具合に。

本の中のびっしり並べられた文章と、英会話スクールのチラシでデザインの重要性はずいぶん異なるように見えます。
周りに多くの注意を引くものがあって、その中で目を引かねばならないときには特にデザインが重要となるようです。

本の場合、装丁で最初に興味を引かせて本棚から手にとって読んでもらえれば、ほとんど目的は達成したといえます。バトンタッチして、中身の特にデザインのない、情報の密度の高く読みやすいびっしり並べられた本文を読ませます。

逆だったらどうでしょうか?
装丁やタイトルが凡庸であったり小さい字で見えなければ、そもそも手に取りません。
本文がカラフルで様々な大きさのフォントの入り混じったものであるとあまり長く読みたくはなさそうです。
一方で、両立することも不可能です。
情報とデザインはトレードオフの関係にあります。ケースごとに適切な割合を選択することが重要なのです。

ポスター、チラシ、本、ウェブサイト、レポート、あるいはパワーポイント…は、すべてトレードオフに支配されています。
それらの外観が異なるのは、情報とデザインの割合が違うためです。
つまり、いくつかの情報デザインに関する原則を知っていれば応用がききいいものになりますが、知らなければその逆、ひどい外見となり、伝わりにくいものになります。

伝統的

日本では、職人工業的デザインに比べて情報デザインは軽んじられてきたように思えます。それは伝統的に日本中だいたい同じ文化で、日本語が通じ、少しでも伝えるために工夫する必要がなかったためでしょう。

日本を観光する多くの外国人は日本のデザイン、特に情報デザイン、都市景観について残念に思うようです。ゴテゴテつけられた調和しない多言語の看板、張り紙、順路、あるいは電柱、計画性のない道…
どうして街は清潔で、いい車を作り、伝統ある文化と建築物があるのに、こんなにひどいのか、と。

何がいいたいかというと、日本で普通に育った場合、ひどいもの、醜いものに対して無頓着になりやすいということです。

原則を知る

情報を伝えるためのデザインにわれわれは無頓着であり、そのことになかなか気づきません。
とはいえデザインは感性ではなく、ほぼすべて理屈で、知ることでよくすることができます。

幸いにして、一冊で情報・文書デザインの原則を知ることができる名著があります。
『ノンデザイナーズ・デザインブック』です。

あらゆる文書デザインに適応できる原則を実例たっぷりに説明し、情報デザインを見る「世界が変わる」と思います。

われわれがみなデザイナーではありませんが、否応なしにデザインはついて回ります。
本書の最小限の原則は情報デザインすべてに応用でき、学ぶことのリターンは計り知れないものになると考えます。



貴島 大悟
WEB開発者